『レス(less)の時代の旅行業経営』

講師:日本旅行業協会(JATA)会長 髙橋 広行氏
参加者:合計45名(リアル28名・オンライン17名)/うちJWTC計17名(リアル13名・オンライン4名)
開催時間:2023年7月20日(木) 19:00~20:00
 

髙橋会長より、本題の前に現在の業界の現況についてお話いただきました。
「コロナ禍もようやく落ち着き、旅行業界も明るさを取り戻しつつある。国内旅行はコロナ前のほぼ9割回復しコロナ前の状態に戻るのも時間の問題である。訪日インバウンドについても8割程度まで回復しており、これに中国が戻ってくるとコロナ前までの水準を超えると思われる。
問題は、海外旅行で未だコロナ前の4割程度に留まっている。海外旅行の一刻も早い復活を実現するために現在JATAでは、「今こそ海外旅行」キャンペーンを観光庁とともに展開し、官民一体となって海外旅行の機運を盛り上げている。今年中に何とか6割程度まで回復させて、来年の極力早い時期にはコロナ前の状態まで持っていければと考えている。」
その後、本日のテーマ「レス(less)時代の旅行業経営」について、「これからの時代に意識しておかなければならないキーワードとして「Less」という言葉を取り上げる。これには、いろんなものが“少なくなっていく”というパッシブな意味と“少なくしていかなければならない”というポジティブな意味の両面があり、どちらの意味においても、これからの旅行業界に大きなインパクトをもたらすことになる。」として、以下8つのキーワードに沿ってご講演いただきました。

 

1.デジタル化

「キャッシュレス、チケットレス、コンタクトレス、ペーパーレス等々、いろんなものがデジタル化によって置き換わっており、世の中のデジタル化の流れはもはや避けようがない。これまで人の力に頼ってやってきた我々リアルエージェントにとって、このデジタル化の流れといかに折り合いをつけていくか、が大きな経営課題となってくる。
ポイントとしては、デジタル化に対応するためにはとにかく“お金”がかかり追求すればキリがない。したがって、使えるものは既存のものを徹底的に活用して可能な限り投資を押さえるということが肝要だということ。
同じようなシステムを各社が多くのコストと時間をかけて開発するのは極めて非効率でもあるので、そこは割り切って、こうした既存の仕組みを徹底的に利用していくのもデジタルの時代における賢明な選択ではないかと考える。」
・JTBがお客様の利便性を高めるために全国の観光地で展開しているDX(デジタル・トランスフォーメーション)事例として、「ツーリズム・プラットフォーム・ゲートウエイ」(全国各地の様々な観光コンテンツをデジタル化し、多言語化し、オンラインシステムに載せてワンストップで提供する仕組み。B2Cのみならず、B2Bにも対応し、旅行者はもちろん、国内外の旅行会社やOTA,あるいは自治体やDMOに対してもサービスの提供ができる。社外に対しても広く利用していただけるオープンプラットフォームであるということである。)を紹介いただきました。

 

2.SDGs

「SDGsへの対応なしでは、企業はやっていけない、そういう時代であり、旅行業も例外ではない。SDGsの17の目標があるが、それぞれに共通して言えることは、“なくそう、やめよう、少なくしよう”というもので、今日のテーマの「Less」に関係している。
特に、我々旅行業と密接に関係するのが「脱炭素」の問題である。地球温暖化によって全世界の観光地が危機に瀕している。例えば、国内の身近なところでは、氷が溶けて北海道の流氷ツアーが危うくなったり、沖縄の珊瑚礁が白化現象で失われたり、海外では人気の観光地のベネチアが海面上昇で水没の危機にある。
したがって、脱炭素の取組みは、我々の商品やサービスのあり方そのものを根底から変えてしまう大きなインパクを持っている。
最近よく航空機が排出するCO2が取り沙汰されているが、すでにヨーロッパではFlight shameという言葉まで出てきており,日本語では“飛び恥”と訳され、可能な限り空路を避けて陸路で旅行する動きが強まってきている。そうなっては大変だということで、航空会社も必死で化石燃料以外の持続可能な航空燃料,いわゆる SAFの開発・導入を進めているところである。」
「プラスティックも近い将来この世からなくなる可能性がある。フードロス、フードウエイストの問題は、旅館、ホテルの間ではすでに深刻なものとなっている。朝のビュフェ、バイキングの廃棄率は一説には25%あるとも言われており、これを定食に切り替えようかというような動きもある。ただ一方で、昨今の人手不足との兼ね合いもあって非常に悩ましい問題でもある。
また、夜の食事が多すぎて食べ切れないということや、原価が高くて非効率ということで基本パターンを一泊朝食に切り替え、夕食は外で地元の食を楽しんでいただけるような環境を整えているようなところも出てきている状況である。」

「ここで、当社の商品やサービス面での取り組みの一端を紹介する。これは、第一回のJATA SDGsアワードの優秀をいただいたものである。
・企業向けに「CO2ゼロMICE」を展開している。イベントや会議で利用される電気を環境価値に基づく算出し、CO2が排出されない再生可能エネルギーに置き換えるという取り組みとなる。

これは、企業などのMICE主催者自体のカーボンニュートラルを実現するのと併せて、MICEの参加者に対して、SDGsに取り組んでいるという企業姿勢をアピールできるという効果もある。今、各ホテルやMICE施設と連携して取り組みを進めている。
また、個人向けのサービスとして「CO2ゼロ旅行」がある。旅行の中で発生してしまうCO2をあらかじめ算出して、旅行費用にグリーン電力の購入分としてプラスアルファーすることによって旅行者に負担していただく仕組みである。この2つは、いずれもカーボンオフセットの仕組みを利用したサービスとなる。
学校教育の場にも脱炭素の取り組みを導入している。修学旅行でSAFを利用した航空機を使うなどして、SDGs教育を実践する学校も出てきている。」
「SDGsにマッチした有望なコンテンツとしては「アドベンチャーツーリズム」。今年9月にアジアで初めてアドベンチャーツーリズムの世界サミットが北海道で開催される。日本においては、未成熟なマーケットだが、今後大きな成長が期待されている。すでに世界全体の市場規模は62兆円となっており、2026年には173兆円に達するという試算もある。その平均成長率は13%で最大の魅力は高単価であるという点である。」
「サステナブルツーリズムやSDG’sの観点からしても、またスピリッチュアルな充足感を求める富裕層対策としても今後有望市場となり得るので、業界全体で取り組むべきテーマであると考える。国も大いに後押ししており、是非業界全体で取り組んでいきたいと思っている。」

 

3.人口減少

「人口が少なくなると必然的にマーケットが縮むことになるが、これにどう対処していくかも業界にとって大きな課題である。
解決の方向性としては大きく3点考えられる。
①国内旅行については、旅行日数と旅行回数を増やすことで旅行人数の減少をある程度カバーすることができる。
2019年の日本人の1年間の平均宿泊日数は2.3泊、宿泊を伴う旅行回数は1.4回。欧米に比べると非常に低く、逆にまだまだに伸びシロがある。
これに対応するためには、学校や企業の休暇制度や長期滞在に耐えうるコンテンツの開発など環境整備が必要である。
②海外旅行は、先進国の中でも極端に低い「パスポートの保有率」と「出国率」を高めることができれば、十分カバーできると考えている。

2018年ベースで、日本人の出国率が14.9%に対して、韓国は104%、台湾は66%でその差は非常に大きい。そこで、例えば新成人全員に対して無料でパスポートを配布したらどうかというようなことを首相や観光庁長官にも提言している。
③訪日インバウンドにおいては、受け入れのキャパに限界がある以上、これからは高付加価値化によって一人あたりの消費額を拡大していくことと、あわせてオーバーツーリズムを回避するために地方分散・時期分散が不可欠となる。
国もこれまで同様に、訪日インバウンドには相当力を入れ、予算も構えているので、それらをうまく利用して課題解決につなげていければと考えている。」

 

4.仕入環境の悪化

「我々のビジネスの生命線である仕入に関して、世の中の潮流が、スタティックからダイナミックに移行している。
その結果、これまで我々が享受してきた事前仕入枠や固定的な仕入価格など、これまでのビジネス慣習が失われようとしている。それに伴い、募集型企画商品を造成する上で、極めて深刻な問題となってきている。
一社単独の力ではどうしても限界があるので、相乗りして共同販売をするというのもひとつの手ではないか。その一例としては、当社グループがヨーロッパで展開しているシート・イン・コーチ事業、「ランドクルーズ」というものである。
乗り降り自由で日本語ガイド付きで宿泊もセットしている。これを自社商品のパーツとして活用いただくのも有効ではないか思う。
すでに各社様に販売いただいているが、これからは自前主義を捨てて、こうした呉越同舟のやり方もひとつの方法ではないかと思う。」

 

5.持たない経営

「我々は今回のコロナ禍で大きく企業体力を毀損した。これからはいかに経営に対する負荷を少なくいしていくかが求められる。そのためにはこれまでのような各社ごとの「個別対応型」から業界全体で連携する「協調・共創型」の対応が必要になってくると考える。
その一例として、今JATAで進めている「観光産業共通プラットフォーム」を紹介する。これまで2つの業界共通の課題が存在していた。1点目は、一般的な宿泊施設情報を旅行各社がそれぞれ自前で作成し、その運営に多額のコストをかけていたということ、
2点目は地震などの災害発生時に宿泊施設にはお客様の安否確認や施設の被害状況、営業状況の確認が全国の旅行会社から一斉に殺到し、その対応に追われ、復旧作業どころではなくなるという状況が起こっていた。
こうした2つの課題を解決する手段として「観光産業共通フラットフォーム」の導入準備を進めている。これは、自らのコストも抑制でき、事業パートナーへの負担も軽くすることができる、まさに「協調と共創」の象徴的な取り組みとして大いに評価できると考えている。
これからは、業務面でも、先ほどのランドクルーズのような商品やサービス面でも協調・共創の精神が必要であり、もはや、1社だけで価値が創出できる時代ではない。こうした取り組みがさらに業界内外の連携を生み出し、結果として各社の経営負荷の軽減につながり、本来傾注したい分野に投資ができる余力を生み出すことができるようになれば理想的だと考える。」

 

6.経営のDE-RISK

経営のリスクを減らすという観点では、最大の経営リスクのひとつが、コンプライアンスの問題である。もはや社会的な信用を失った企業は生きて行けない。コロナ禍でGo toトラベル事業、全国旅行支援、ワクチン接種事業など国や自治体のいわゆるBPO業務、すなわち公金に関わる事業機会が圧倒的に増えたが、残念ながらJATA会員会社による複数の不正事案が発生した。
これまで旅行業を通じて培ってきた現場の運営力や接客力、斡旋力が国や自治体から大いに評価され、今後様々な業務についても旅行会社に外部委託することを検討いただけるまでになったわけだが、それはあくまでコンプライアンスが大前提である。
逆に信頼を失えば一瞬にしてそうしたビジネスチャンスは失われる。そしてその影響は個社に留まらず、業界全体に及ぶこととなる。
この機にあらためて業界全体で襟を正すとともに常に高いコンプライアンス意識を持続的に持ち続けられるように業界が一丸となって取り組んでいかなければならない。
“コンプライアンスは経営の一丁目・一番地である。」

 

7.ジェンダーレス

男女格差をなくすという課題も不可避である。これは一業界の話ではなく、世界的な問題である。先頃発表された日本のジェンダーギャップ指数は世界146カ国中125位という結果である。特に「政治」と「経済」の分野において最悪であり、女性議員や女性の経営者が圧倒的に少ないのがそれを表している。旅行業界においても同じような状況である。
8年前に社長になったときにひとつの目標としてグループ本社に女性の役員と外国人の役員を作ると決めた。女性の本社役員は現在3名とすることができたが、外国人役員はまだ実現できていない。
私は、観光分野ほど女性が必要とされる分野はないと思っている。例えば、家族旅行の決定権は圧倒的に奥様が握っており、女性目線は欠かせないし、ハネムーンを販売するのも年上の男性では雰囲気が壊れるし、何により人口の半分が女性である以上、女性の管理職や経営者がもっともっとでてきてもおかしくないと思っている。
私が副会長を務めるWTTC(ワールド・トラベル・アンド・ツーリズム・カウンシル)においても、女性の活躍に向けた取り組みはかなり前から進んでいる。
世界の名だたる企業が署名した「カンクン・女性イニシアティブ宣言」では、単に女性の役職者の比率アップの目標設定だけではなく、人材育成のプログラムを策定し、その進捗をしっかり確認するというアクションをすでに進めている。
さらに、これからはLGBTQの問題も旅行業に大きく関係してくると思いますので今からしっかりウオッチしていく必要がある。

先般、日本においてもようやくLGBT理解促進法が成立し、その名が示すとおりまず理解を深めることから始めようというものだが、たちまち宿泊施設ではその対応に苦慮している。
例えば、大浴場やトイレの利用については、いったんは性の自認よりも身体的な特徴で対応するというような基本方針を立てている。心は女性であっても、男は男の風呂やトイレを利用するということである。しかしながら一方で、職場内のトイレ利用に関して性自認を優先するような裁判判決も出てきている。
今後世の中の動きは刻一刻と変わっていくので、これらに注視して適切な対応をしていかなければならないと思っている。
旅行業界においても、ここにいらっしゃる皆さん方のような熱量を持った人が大きな声を上げて、是非ジェンダーレスを率先垂範していただければ大いに心強いと思っている。」

 

8.ボーダーレス

「コロナ禍を経て、ハイブリッド型のMICEやWEBによるコミュニケーションの機会が増えて、より多くの国の人々と物理的な制限なしにつながることができるようになった。
したがって、これからはさらに世界とのつながりをより一段と密接のキープしておかないと取り残されてしまう可能性がある。
先ほど触れたWTTCでは、年に一回グローバルサミットが開催される。昨年は11月にサウジアラビアでコロナ禍ではあったが、140の国と地域から300名を超えるツーリズムセクターの経営者や50名を超える大臣が参加し、リアルで3000名、オンラインで5000名の規模で開催された。ここでは世界のツーリズムのトップリーダーがサステナビリティやDX、地球環境への対応など様々な観点から意見交換や議論が行われた。

なぜここまで大きな規模で会議が行われるのか。日本にいたら実感しづらいかもしれないが、ツーリズムが国と国との相互交流の上に成り立っている以上、世界の動きを捉えて対応していく、いわゆるグローバリゼーションが不可欠だからである。

日本のアウトバウンドもインバウンドも世界とのつながりなくして成り立たないことは明白なので、これからボーダーレス化がさらに進み、ますます世界との連携をキープすることが必要となる。
是非皆さん方には、片方の目で国内の足下を見つめつつも、もう一方の目で常に世界の動きに目をやりながら、いわゆる複眼経営を心がけていただきたいと思う。」

 

講師の高橋会長はソフトな語り口でありながら、テンポも速く、充実した内容で、時には参加者に声掛けして、会場の参加者を巻き込み、雰囲気作りにも心配りを感じる事ができました。
考えさせられるキーワードやヒントも多くいただき、大変勉強になりました。(446)

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